ピッケル

ピッケル

自分が生まれ育った北見の冬は強烈に寒く、外で遊んでいても手足の指の凍り付くような痛さは耐え難かった。そんなこともあって、さらに寒いであろう山にわざわざ登ろうとは全く思わなかった。

そんな流れで、冬の山は下界から遠く眺めるものと決め込んできたのだが、50歳を過ぎて、ひょんなことから春山に登ってみたいと思うようになった。寿都の名も無い山なのだが、夏道はなく、登るとすれば雪のある時期に行くしかない。道なき道を藪をかき分けて、ダニだらけになって登るよりは、春の残雪期に締まった雪の上をスイスイと行く方がはるかに楽に決まっている。雪の上とはいえ天候がよければ暑くて汗をかくほどに快適とのレポートもネット上に散見する。

ということで、いい歳になってから装備を揃えて、低山から恐る恐るスタートしたのだが、これが思う通りに快適で、楽しいではないか。いつしかもっと高い山に登りたいという欲求が芽生えてきた。

学生時代から興味を持っている山があり、当然夏道はなく、登るとすれば、沢を詰めるか雪の尾根を行くしかないのだが、もしかしたら登れるのではないかと思うようになった。まあしかし、山は勢いで登れるものではなくて、自分の場合は、事前に十分な時間をかけて緻密な計画を立て、慎重に検討する。あまり慎重に考えすぎると人間の性として安全サイドに後退してしまう。単独行ともなればなおさらで、結局計画そのものをお蔵入りにしてしまうこともある。

そんな脳内トレーニングのような経緯を経てピッケルを購入するに至った。今さらアルパインスタイルの登山をというのではなくて、夏山の雪渓で斜度もきつく危ないと思う場面に出くわすことは良くあることで、ストックなどで何とか対応してきたのだが、そこでピッケルがあればもっと安全に登れるということに気付いてしまったということなのだ。

なので、主として夏山で活用する道具として捉えている。

PETZL グレイシャー U01B

選んだのは PETZL のグレイシャー U01B という製品で、シャフトの長さは 60cm、重さは 350g だ。数あるピッケルの中で、何を選ぶかについては、当然のことながら使用目的をよく考えなければいけない。自分の場合は、

・使用する場所は夏山の雪渓に代表されるような比較的締まった雪の急斜面。

・使用目的は斜面で手の支点を確保するため、また滑落時の滑り止めとして。

・縦走路ではストックを使用してピッケルを杖の代用としない。

このような用途であれば、ピッケルの長さは短めの方が良いとされる。機能上問題なく、取り回し、携行性などに利点が多いからだ。しかし、縦走目的での一般的なピッケルの選定方法は、直立してピッケルを手に持ってぶら下げたときに、先端が足のくるぶし辺りにくる長さが良いとされる。その根拠は良くわからないが、全体的な使用場面でのバランスに優れているということと思う。つまりどんな用途でも過不足なく使えるということだと思う。

ストック代わりに使うのであれば、70cmか、さらに長い方が良いだろうし、手の支点と滑落防止に限定すればもっと短くて柄がカーブしたものが使い易いと思う。また、藪で枝をかき分ける棒の代わりに、極端な場合は熊と戦うナタの代わりにと考えれば、またそれなりの適した長さがあると思う。そんなことを総合的に考えて自分の場合は、直線形状の 60cm のものを選択した。核となる使用目的は上記3点なので、基本的には短いものが良いのだが、道具としての使い道の広さを確保しておきたいと考えた。いわゆる「可用性」を重視したということだ。軽量でしかし強度を確保した製品ということで PETZL となった。

携行時

ピッケルのブレードはツルハシのような形をしており、尖った方はピックといって雪面に突き刺したり、氷を砕いたりするため鋭利な形状をしている。滑落時にはこの刃で雪面を捉えて止める。また、ピックの反対側は氷を削ってステップを作ったりできるように幅広の刃がついている。さらにブレードの反対側の棒の先端にあたる部分はスピッツェといって氷に突き刺すことができるように鋭い形をしている。いずれも鋭利な刃物のようなものであって通常の携行時には危険なものといえる。使用しないときはザックに固定するのだが、周りのものを傷つけないようにそれぞれの刃先にはカバーを取り付けて安全性を確保している。スピッツェにはブラックダイヤモンドの製品、ブレードにはクライミングテクノロジーの製品を選んだ。いずれもピッタリと取り付けできてピッケルを安心して携行できる。

さて、このピッケルだが、実際の使用場面を考えてみると不安な要素がある。登山道は変化が激しく、スノーシューやアイゼンの脱着が多くなる場合がある。それは同時にストックとピッケルの切替も伴うため、道具の付け替えと携行方法を工夫しなければならない。ピッケルを杖の代用にするというのはそんな場面で効率的に対応するための知恵なのだと思う。60cm を選定した自分の場合はピッケルを杖の代わりにできるのは登りの斜面のみということになる。従って、携行方法を工夫して効率的に使用と携行を切り替えられるようにしなければならない。

もうひとつ、これが最も不安なのだが、下りの緩斜面でアイゼンを装着して前を向いて降りる場合だ。体勢を支えるためにもストックが欲しい場面なのだが、このような場面では 60cm のピッケルは短すぎて杖の代用にはならず、70cm 以上の長めのピッケルが重宝するに違いない。緩斜面といえども地形によっては滑落のリスクが高い場面もある。それを考えると長めのピッケルは理にかなっている。

登りたい山と登れる山とのギャップが広がる現状を自覚しながらも、ピッケルに心躍るのである。もうすぐ春がくる。