エアロゾルの化学反応

(1) 硫酸系エアロゾル

大気汚染物質である二酸化硫黄 ( SO2 ) ガスは酸化されて硫酸 ( H2SO4 ) になる。また、二酸化硫黄の発生源では同時に固体である三酸化硫黄も放出され、水と直接反応して硫酸になる。そしてこの硫酸は液体の硫酸エアロゾルとしてミストを形成する。
二酸化硫黄の酸化はガス状であっても、雲などの水に溶けていても、既存のエアロゾルの表面に吸着していても進行する。それぞれ気相、液相、不均一表面の反応と称されている。気相反応では、反応性の高いヒドロキシルラジカル ( OHラジカル ) が SO2 を酸化する。OH ラジカルは汚染大気においても清浄大気においても存在し、大気の化学反応に重要な役割を果たす。また、液相反応では、水に溶解した SO2 ( SO2・H2O ) の一部が亜硫酸水素イオン ( HSO3- ) や亜硫酸イオン ( SO32- ) に解離し、そこに反応性の高い過酸化水素 ( H2O2 ) やオゾン ( O2 ) が大気から溶解し亜硫酸水素イオンや亜硫酸イオンを酸化して硫酸に変換する。硫酸ガスは窒素酸化物に比べて100倍以上も水に溶けやすい。
硫酸エアロゾルは水に溶けて水素イオン ( H+ ) と硫酸イオン ( SO42- ) に解離した状態で安定する。そのため、周囲の水蒸気を吸収してその水に自身が溶解して解離する。また、硫酸エアロゾルは大気中に存在する塩基であるアンモニア ( NH3 ) と中和反応を起こして塩である硫酸アンモニウム (( NH4 ) 2SO4 ) となる。この硫酸アンモニウムもエアロゾルである。硫酸アンモニウム (( NH4 ) 2SO4 ) も硫酸同様に水に溶けると解離して硫酸イオン ( SO42- ) を放出する。

(2) 硝酸系エアロゾル

窒素原子 ( N ) は化学反応しにくい窒素ガス ( N2 ) として大気の 80% を占めている。
窒素は生物の形を構成するタンパク質や核酸に含まれており、生命活動の結果としてアンモニア ( NH3 ) をはじめとする窒素化合物が大気中に放出される。アンモニアは大気中では唯一の塩基性ガスであり、酸性のガスやエアロゾルと反応してエアロゾル粒子化する。
アンモニア以外の窒素化合物としては、空気中の N2 ,O 2 が高温で反応して NO や NO2 ( 両者をまとめて NOx という ) を発生する。

出展・参考:「大気と微粒子の話」笠原三紀夫

図-1 夜の化学反応

窒素と酸素を含んだ化合物は酸化的雰囲気の中で徐々に酸化され、主に NO2 と OH との反応によって最終的に硝酸 ( HNO3 ) になる。Ox は酸化剤で O2 ,HO2 ,RO2 などであり、RH は有機物である。反応でできたものの多くが光化学反応 ( hγ ) によってその原料物質に戻るため、太陽が出ている日中には平衡状態となり、これらの窒素酸化物の濃度はほぼ一定になる。大気中の硝酸ガスの濃度は日中 ( 12:00~15:00 ) にピークとなる。

(3) 夜の化学反応

夜、日が沈むと日中高濃度になった NO3 やこれと NO2 が反応して生成する N2O5 が大気中に蓄積される。そしてこれらと水が反応してできる硝酸 ( HNO3 ) がもととなってエアロゾルが発生する。これは「夜の化学反応 ( Nighttime chemistry ) 」と言われている。
夜の科学反応で生成した硝酸ガス ( HNO3 ) は大気中に数ppb ( 10億分の1、10-9 ) 存在しているが、硝酸ガス ( HNO3 ) は飽和蒸気圧が高いために通常はそれのみでは粒子化しない。
硝酸ガス ( HNO3 :酸性 ) はアンモニアガス ( NH3:塩基性 ) と反応して硝酸アンモニウム ( NH4NO3 ) を生成し、粒子化する。この反応には温度や硫酸イオンなど他の化学物質の濃度も影響する。ところが、硝酸アンモニウム粒子は気温が上昇するとアンモニアガスと硝酸ガスに解離してしまう。従って、大気中のエアロゾルとしての濃度は気温に大きく依存することになる。
硝酸ガスやアンモニウムガスは水によく溶ける。そのため、ある湿度以上になり既存の粒子が潮解していると、その粒子に溶け込む。そして既存の粒子は硝酸塩となる。既存の粒子としては海塩粒子 ( 主成分はNacl ) が代表的な例であり、潮解とは固体粒子が大気中の水蒸気を吸収して溶解した状態となっていることをいう。
海塩粒子と反応した場合には塩化水素 ( Hcl ) ガスが放出され硝酸塩となり、硝酸ナトリウム ( NaNO3 ) 粒子が生成する。
NO3 や N2O5 などのガスも水に溶けやすいため湿ったエアロゾルに吸収される。
硝酸イオン ( NO3- ) はガス化の影響により夏季に減少する。

(4) 有機エアロゾル

炭素からなる微粒子はその組成によってスス等の「元素状炭素成分」と「有機成分」に大別される。有機成分に富む粒子を特に有機エアロゾルと呼んでいる。直径 0.1 マイクロメートル程度の微粒子であり、有機溶媒に可溶な成分と水溶性の成分に大別される。
有機溶媒に可溶な成分は植物、土壌から粒子状態で大気中へ直接排出される一次粒子であり、また化石燃料の燃焼による高温の排出ガスに含まれる炭素原子数が 15 個以上の有機化合物が排出後に冷やされて凝縮したものである。
水溶性有機物は炭素数 10 以下で、大気の化学反応により二次的に生成される。低分子ジカルボン酸であるシュウ酸は大気エアロゾル粒子全体の中でも量的に主要な位置を占める。
二次粒子は、揮発性の有機化合物が窒素酸化物と光化学的に反応し発生する光化学スモッグの中で発生する。この中には、重大な大気汚染物質である光化学オキシダントも含まれる
大気中に多く存在する揮発性有機化合物である環状アルケンは、主に針葉樹林から放出される精油成分であるテルペン類である。地球全体の二次粒子の大部分はテルペン類から作られる二次粒子が占めると推測されている。
大雪山系の東方に広がる山並みは、東大雪と北大雪の中間に位置し、北に支湧別山系、南に常呂川と無加川の源流域を擁する国内有数の針葉樹林体帯が広がっており、十分な量のテルペン類が供給されていると思われる。
環状アルケンの化学反応はオゾン分解によって起こり二価有機酸になると考えられている。また、有機エアロゾルは吸湿性でかつ高い水溶性を持つことから、雲粒の核となる微粒子の約 60 パーセントは有機エアロゾルであるとの報告もある。
オーストラリアの観光スポットであるブルーマウンテンはユーカリの葉から蒸散する揮発成分によって大気が青く見えるとの話がある。森林起源の有機エアロゾルが気象条件によって蓄積滞留し、レイリー散乱を顕著にしたとの仮説を立てることも可能かと思う。ただ、早朝に濃くなることはまだしも、間もなく薄くなっていくという時系列的な変化についても説明できなくてはならない。

(5) 遠くの山が青く見える理由の仮説

ここまで整理してきて、レイリー散乱からみたエアロゾルは化学的に2つの系統に分けられ、そのうちの硝酸系エアロゾルの夜の化学反応が遠くの山が青く見える現象に関与している可能性が見えてきました。

硝酸アンモニウムの存在が遠くの山が青く見える理由だとして、その詳細を記述すると次のようになります。

-夜間、夜の化学反応によって大気中の硝酸アンモニウム粒子が増加する。

-夜明けとともに日差しが差し始め、太陽光が強くなるに従って硝酸アンモニウム粒子によるレイリー散乱が増加して遠くの山の青色が濃くなる。

-やがて、気温の上昇によって硝酸アンモニウム粒子が硝酸ガスとアンモニアガスに分解して粒子数が減少する。

-硝酸アンモニウム粒子数の減少に伴い、レイリー散乱の程度も弱まり、遠くの山の青色も弱まる。

この説明は定常的な大気化学反応を説明する仮説としてはありだと思うのだが、 日によって状態が異なることから関係する条件・要素をもっと具体的に洗い出す必要があると思う。そうでなければ現地検証行動の条件が見えてこない。

また、ここまで調べてきて新たな2つの事柄が気になりだした。有機エアロゾルと火山ガスだ。いずれにも「青い霧(blue haze)」という言葉が登場する。火山ガス起源の青い霧は硫酸エアロゾルなのだが、粒子サイズが大きいことから視程障害を伴うようだ。また森林起源の有機エアロゾルについては発生源として見ると有望だが大気中における動態についてはよくわからない。まだまだ道は遠そうだ。

※出展:「エアロゾル用語集」(京都大学学術出版会)、「微小粒子状物質健康影響評価検討会報告書」(環境省)、「光物理学の基礎」(江馬一弘著、朝倉書店)、「大気と微小粒子の話」(笠原三紀夫著、京都大学学術出版会)、「エアロゾルの科学」(S.K.フリードランダー、早川一也・芳佳邦雄訳、産業図書)